13(トザン)日は【AJ MALLの日】特集|安全登山のための服装術
本好きが高じて企画・編集会社に勤務し、アウトドアをはじめとす る趣味の雑誌編集に関わったのちに独立。思う存分スキーを楽しむ ために夏に頑張るアリンコ系ライター・編集者。インタビューや道 具の紹介、解説記事が得意分野。
記事一覧好天に恵まれれば登山は最高の体験になりますが、自然を相手にする遊びゆえ、天気が悪い日ももちろんあります。運悪く天気が荒れてしまうと、逃げ場のない山では、自然の大きさと人間の小ささを思い知らされることになります。
悪天候に見舞われてもほとんどの人は無事に下山しますが、窮地に陥ってしまうケースもあります。そうなったとき、最後の最後に身を守ってくれるのは、身に付けているウェアです。見た目も大切ですが、それ以上にそれぞれのウェアがもつ機能を理解して、アクティビティや自分の感覚にマッチするものを選びましょう。
異なる機能をもつ複数のウェアを重ねて着用することで、持ち運べる数少ないウェアを最大限に活用する山の服装術がレイヤリングですが、なかでも、肌に直接身に付けるベースレイヤーは土台(=Base)となるもっとも重要なウェアです。
外から見えないこともあるために軽視されがちですが、どんなに高機能のアウターレイヤーを着ていても、いちばん肌に近いベースレイヤーが機能していなければ意味がありません。すでに山に親しんでいる多くの読者は耳にタコができているかもしれませんが、あらためてその重要性をおさらいしましょう。
ベースレイヤーのいちばんの仕事は汗処理です。汗を吸収し、生地表面に拡散・気化(乾燥)させてウェアが濡れている時間を短縮し、肌をできるだけドライな状態に保ちます。
レイヤリングの項やレインウェアの項でも触れましたが、山でもっとも怖いのは、悪天候などの低温下で体を濡らしてしまい、そこにさらに風を受けることです。そうした究極的な状況だけでなく、濡れたウェアが肌に張り付くような不快な場面を減らすためにも、速乾性(=乾きやすさ)は重要な機能です。
ウェアに求める機能は、使用する素材でほぼ決まります。現在ベースレイヤー使われている主な素材は、ポリエステルとウールです。自分に合った製品を選ぶためにも、それぞれの特徴を理解しておきましょう。
化学繊維のポリエステルは、加工によってさまざまな機能を持たせることができる素材です。ベースレイヤーのような薄手の製品がある一方で、ふわふわと空気を含んで温かいフリースのような製品も作れます。
ベースレイヤーにするときは、吸汗性と速乾性を特化させます。じつは、ポリエステルはほとんど水を吸わない疎水性の素材です。では、どうやって汗を吸い上げるのでしょうか。
ポリエステルの生地は、ふたつの加工の合わせ技で汗を吸っています。ひとつは毛細管現象です。一本一本の繊維の断面を複雑な異形にすることで、生地にしたときに無数の細かい隙間を作ります。微細な空間に触れた汗の水分は、毛細管現象によって生地に吸い上げられます。もうひとつは吸汗剤などによる後加工です。水となじみやすい薬剤をコーティングするなどして、汗を吸いやすくしています。これらの加工によって吸い上げられた汗の水分は生地間に広がりますが、繊維の中にまで入り込むことはなく、短時間で気化します。
アウターレイヤーの防水透湿(通気)素材はウェア内の水蒸気を外へと排出しますが、どれほど高度な透湿性や通気性を備えていても、ベースレイヤーがこうして汗の水分を気化できなければ充分な効果は得られません。これが、ベースレイヤーが重要視される大きな理由です。
ポリエステルと並ぶもうひとつの素材がウールです。今のように化繊が一般的になる前は、山のベースレイヤーはウール一択でした。天然素材のウールは、速乾性や耐久性こそポリエステルには敵いませんが、化学繊維にはない数々の優れた特徴を備えています。
そのひとつが、「濡れても温かい」と言われる保温性です。縮れた毛が空気を含むことに加え、繊維の吸湿率が高く、多くの吸着熱を発生させます。また、独特の繊維構造により、吸湿しながらも濡れは感じさせにくくなっています。ウール繊維の芯の部分は吸湿しますが、表面はスケールとよばれるウロコのような外皮に覆われていて、このスケールは水を弾きます。そのため、水を吸ったコットンのように濡れた感じはなく、ある程度まではドライな手触りが続きます。
保温性と並ぶウールの優れた働きが調湿機能です。ウールは周囲の環境に応じて自然に吸・放湿する繊維で、「夏涼しく、冬温かい」と言われています。空気が乾いてくると外側のスケールを開き、吸収した湿度を放出します。この働きが、化繊にはない着心地を生み出します。ポリエステルでもフリースのような温かいウェアはつくれますが、しっとりとした自然な温かさは他では得難いウールならではのものです。
さらにもうひとつ、ウールは登山者にとって、とてもうれしい性質を備えています。それは、着続けても臭いにくいこと。ウール繊維のなかには、汗のなかのアンモニア臭と酢酸臭(すっぱい臭い)に変わる成分と結びついて中和するような働きをする官能基があります。いちど結び付くと臭いを出すことはなく、しかも洗濯するとリセットされる天然素材の驚くべき性質です。長期の遠征ならウールを選ぶというベテランは少なくありません。
こうして並べるといいことずくめのウールですが、吸湿できる量には限界があり、ポリエステルのような速乾性も望めません。また、耐久性も化繊には及びません。ポリエステルと混紡したり交織したりして速乾性や強度を高めた製品もありますが、コストは高めです。臭いにくいというのは大きなメリットですが、ポリエステルの抗菌防臭加工も進化しています。無雪期ももちろん気持ちよく着られる素材ですが、弱点まで含めて考えれば、比較的寒い季節こそ真価を発揮する素材といえるでしょう。保温性を重視した冬のベースレイヤーについては、いずれ機会を改めて解説します。
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素材はベースレイヤーの性格を決める大きなファクターですが、デザインにも目を向けてみましょう。
外見で大きく違うのが首回りの形状です。丸首のクルーネックはフィット感が高く、すっきりして重ね着しやすいのが特徴です。下着としてシャツなどの下に着る場合は外から見えにくいVネックやUネックもあります。胸元がファスナーで開くジップネックは、暑いときはファスナーを開いて体温調節できるのが利点です。襟の高さやファスナーの長さによって使い勝手は変わるので、細かいところまでよく見比べてみましょう。
汗処理が目的のベースレイヤーは皮膚と接しているのが望ましく、体にぴったりフィットしていることが前提ですが、そのためには体の動きを妨げない伸縮性が欠かせません。見た目にはわかりにくいところですが、生地のパターンや縫製ラインを工夫して運動性を高めているモデルもあります。他にも袖口にサムホールを設けたり、かがんだときに腰が出ないように後ろの丈を長くしたモデルもあります。
素材やデザインによる性格が掴めれば、自分の使い方に合ったベースレイヤーが見えてきます。最後に、より効果的に汗を処理するベースレイヤーの2枚重ねと、そこに着想して生まれた注目のモデルについて紹介します。
レイヤリングは、役割の異なるレイヤー(層)を重ねることでウェアの性能を引き出します。それぞれのレイヤーは必ずしも1枚のウェアとは限らず、複数のウェアを重ねてひとつの役割を担うこともあります。
前述のようにベースレイヤーの主な仕事は汗処理ですが、現在は2枚のウェアを重ねて、より確実に汗を処理する手法も定番となりました。吸汗速乾性に優れる従来のベースレイヤーの下に、肌から汗を遠ざけるもう一枚を組み合わせて着用します。
たとえばミレーのドライナミックメッシュは、主な素材に水分を一切含まないポリプロピレンを使っています。目の荒い特徴的なメッシュが受け止めた汗を重ねて着るベースレイヤーに吸わせて発散します。かさ高なメッシュのおかげで汗を吸ったベースレイヤーは肌に触れにくく、濡れを感じさせません。こうして、汗をかいたところに風を受けて体温を奪われる「汗冷え」を効果的に防ぎます。
ドライナミックはポリプロピレンを使っていますが、ポリエステルに強力な撥水加工を施して、いちど排出した汗の水分を弾いて寄せ付けないというウェアもあります。これらのウェアもベースレイヤーの範疇に入りますが、通常のベースレイヤーとは区別して、「ドライ系アンダーウェア」などと呼ぶこともあります。
さらに最近では、ふたつのウェアに分担させて効率を高めた汗処理を、一着だけでこなせるようにしたウェアも登場しました。ザ・ノース・フェイスのエクスペディションドライドットは、肌側に撥水加工を施したドライ層、外側に吸水層を配したダブルフェイス構造で作られています。肌側に見えるドットは吸水層を突起させた接結点で、ここから汗の水分を吸い上げて外へと発散・気化させます。外からの水分はドライ層の撥水加工で寄せ付けず、肌をドライに保ちます。2枚重ねで使っていたものを1枚で済ませられるとあって、ガイドやクライマーのようなアスリートにも好評だそうです。
素材や技術の開発はこうしている間にも止むことなく、日々進化を続けています。新しい素材や製品は、それまでの「定番」や「常識」を更新します。長年かけて作り上げた自分なりのスタイルは揺るぎないものに思えますが、新しいアイテムを採り入れることでさらに快適にアップデートできるかもしれません。山の道具は丈夫に作られているので一度購入すると長く使えるものも多いですが、定期的に装備を見直してみることをおすすめします。
(文=伊藤俊明 写真=岡野朋之)
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