13(トザン)日は【AJ MALLの日】特集|安全登山のための道具術
本好きが高じて企画・編集会社に勤務し、アウトドアをはじめとす る趣味の雑誌編集に関わったのちに独立。思う存分スキーを楽しむ ために夏に頑張るアリンコ系ライター・編集者。インタビューや道 具の紹介、解説記事が得意分野。
記事一覧ダウンや化繊などの綿が入ったウェアをインサレーションウェアと呼んでいます。寒さから身を守る保温着ですが、日本語が「体温」を「保つ」というウェアの役割を示す言葉であるのに対して、インサレーション(insulation)は英語で「断熱」を意味する言葉。こちらはウェアの役割ではなく、構造や機能を示しています。断熱という言葉だけではわかりにくいと感じるかもしれませんが、その意味と仕組みが理解できると、数ある製品のなかから自分の使い途に合ったものが見えてきます。
なぜ断熱するのか。その理由は、建物をイメージするとわかりやすいかもしれません。TVやインターネットの住宅のコマーシャルで、「高気密高断熱」という言葉を聞いたことはないでしょうか。壁や床に断熱材を入れ、外気温の影響を受けにくくすることで夏は涼しく、冬は暖かく過ごせるようにする建物の構造のことです。ウェアの断熱も考え方はこれと同じ。ウェアは壁です。ここで外気をしっかり遮断することで、家の中(=ウェアに包まれた体)を快適に保つのです。
住宅と人間の違いは、断熱したその先にあります。住宅は冷暖房機を使って室温をコントロールできますが、人間の体は熱をつくることはできても冷やすことはできません。インサレーションウェアは暖かく過ごすためのウェア。同じような手法で涼しくするウェアは長らくありませんでしたが、昨今の扇風機付きのウェアはそれに当たるかもしれません。
話を戻しましょう。断熱し、体から出る熱で温まる。では、どうやって断熱するのか。私たちの身近にあって簡単に手に入り、もっとも熱を伝えにくい空気を利用します。ウェアにダウンや化繊の綿を入れてカサ(ロフト)をもたせ、そこに空気を閉じ込めて「空気の壁」を作るのです。この壁が外の冷たい空気を体から遠ざけてくれます。それと同時に、壁の中の空気は体から出る熱で温められます。閉じ込められた空気はどこにも行けず、暖かくなったまま、そこに留まります。そう、自分の体が暖房器具になるのです。
ウェアに閉じ込めた動かない空気の塊を「デッドエア」と呼びます。そのウェアの暖かさは、どんな素材を使っているかではなく、デッドエアをどれだけ蓄えられるかで決まります。デッドエアをつくる主な素材はダウンか化繊綿。シーンに合わせて使い分けることで効率的に保温できます。それぞれの素材がもつ特徴を見てみましょう。
ダウンとは、ガチョウ(グース)やアヒル(ダック)のような水鳥の胸に生える、羽軸を持たない綿毛のこと。ふわふわとした球状で、ダウンボールとも呼ばれています。
冷たい外気から身を守るために生えるダウンは、より寒い地域で育つ水鳥から採られたものが上質とされています。北極圏に近い北緯50度前後の一帯をダウンベルトと呼び、ここに属する北欧のポーランドやハンガリー、中国北部、カナダの製品がとくに知られています。
ダウンベルトで採れるダウンは上質とされていますが、ダウンの品質は採取後の加工によっても変わります。産地だけではわかりにくいその性能を数値化したのがフィルパワー(FP)です。これは一定量のダウンに一定の圧力をかけて潰し、圧力を除いて回復したときの体積をもとに算出されます。数値が大きいほどロフトが大きく、よりたくさんの空気を含むことができる高品質なダウンということになります。採取後のダウンの汚れを落としたりする加工技術が向上した現在は、1000FPを超えるものも登場しています。
ダウンの質はこうして担保されていますが、実際にウェアに仕立てるときはダウンだけではロフトを維持できないため、羽軸をもつスモールフェザーを混ぜて使用します。ダウンの量が多いほど上質で、ダウンを90%以上使っているものが高品質の目安とされています。
ダウンの最大のメリットは、体積に比して大量の空気を含めるところにあります。軽量で、潰せばコンパクトになり、広げるとふたたびロフトを取り戻す。つまり、暖かくて軽量でコンパクトに収納できるということ。必要な道具は自分で持ち歩く登山の道具には理想的です。寿命が長いことも利点で、20年選手、30年選手というジャケットや寝袋も珍しくありません。ダウン製品の多くがシンプルでオーソドックスなデザインになるのも長寿命ゆえでしょう。
古くから活用され、21世紀の今もインサレーションの筆頭にあるダウンですが、もちろん弱点もあります。それが水濡れに弱いこと。ふわふわとした毛は濡れるとぺちゃんこに潰れてロフトを失い、デッドエアを保てなくなります。これを避けるために生まれたのが、ダウン自体に撥水加工を施した撥水ダウンです。ダウンを包むシェルに防水生地を使ってダウンを守るモデルもあります。
近年はまた、サスティナビリティの観点から動物福祉も重要視されるようになりました。ダウン製品を再生してつくるリサイクルダウンも徐々に増えています。
ダウンは水鳥から採れる天然の素材ですが、これと並ぶインサレーションのもうひとつの代表格が、ポリエステルなどの化繊で作る中綿です。
化繊中綿はそもそも、ダウンがもつ特長を安価に、安定して再現すべく生まれました。その最大のメリットは濡れに強いこと。綿を構成する繊維自体が保水しないため、ダウンのように簡単にロフトを失うことはありません。また、丈夫でラフな扱いに耐えられる製品も多く、長期山行のように悪天候も避けられないときには頼りになります。
初期にはダウンよりも重い、ダウンほどコンパクトにならないなどのデメリットがありましたが、年々進化し、ダウンに匹敵する軽さやコンパクトさを実現するものも増えてきました。素材や製造方法が進化することで形を変えられる化繊のインサレーションは、これからもどんどん進化していくでしょう。
登山をはじめとする一般的なアウトドアアクティビティにおいて、旧来のインサレーションウェアは、停滞時や運動量が少ない場面で体を暖かく保つためのウェアでした。休憩時や宿泊地に着いてから取り出すもの。クライミングのビレイや寒冷地での写真撮影のように動いて体が温まることがない場面で使うもの。ビバーク時に体温を維持するためのものというイメージです。
こうした使い方は今ももちろん王道ですが、1990年代の終わり頃から薄手のモデルが登場しはじめ、ミドルレイヤーとしても使われるようになりました。
薄手のインサレーションウェアの利点は、年間通して使えることです。夏は防寒着として持ち歩き、寒い季節にはミドルレイヤーになる。コンパクトになるので日常生活や旅行でも使えます。一着持っていて絶対に損はしないウェアです。
寒さのなかで体を暖かく保ってくれるインサレーションウェアですが、もちろん万能ではありません。薄手のインサレーションウェアは幅広い場面に対応できますが、重たい荷物を背負って歩いたり、深雪をラッセルしたりすると、真冬でも汗をかきます。人の体は動くと熱を生み出します。このときに空気をしっかりと閉じ込めるインサレーションウェアを着ているとどんどん暑くなってしまうので、運動量の多い場面には向いていません。こうした場面でも使いやすいように開発されたのが、最近増えてきたアクティブインサレーションと呼ばれるウェアです。
大きな特徴は、表地が通気性を備えていること。通常のインサレーションが空気を閉じ込めるのに対して、アクティブインサレーションは空気の動きを妨げないように設計しています。ロフトのある生地は空気を蓄えるので止まっていると体温で温まりますが、動くと風が抜けて、温まった空気を適度に逃がします。
通気性とロフトのバランスは製品によってさまざまで、どんな使い方を想定しているかで変わります。ひとつ言えるのは、インサレーションウェアが「暖かいウェア」だとしたら、アクティブインサレーションは「寒くないウェア」ということ。動くことを前提としたウェアなので、ほとんどのモデルがしなやかな伸縮性を備えています。気温が下がる秋冬の山で積極的に遊ぶなら、検討の価値ありです。
ミニコラム:アクティブインサレーションは空気の動きを妨げない
(文=伊藤俊明 写真=岡野朋之)
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