13(トザン)日は【AJ MALLの日】特集|安全登山のための道具術
本好きが高じて企画・編集会社に勤務し、アウトドアをはじめとす る趣味の雑誌編集に関わったのちに独立。思う存分スキーを楽しむ ために夏に頑張るアリンコ系ライター・編集者。インタビューや道 具の紹介、解説記事が得意分野。
記事一覧汗冷えしにくいウールは、かつては山のウェアの主役でした。しかし、化学繊維が広く一般に使われるようになると、その座を化繊に明け渡します。軽量で耐久性が高く、吸汗性や速乾性に優れ、しかも安価で大量につくれるナイロンやポリエステルと比べると、ウールは人手がかかり、重くて硬く、着心地もチクチクしていて決して快適とは言えませんでした。
こうして化繊に押しのけられたウールですが、1990年代半ばに復活を遂げます。 ウールのウェアが当たり前の選択肢となったのは、比較的最近の2000年代になってからでした。きっかけは希少種であるメリノウールを採用したことです。
今回ご紹介するアイスブレーカーは、この世界的ともいえるウール復権をリードしたブランドのひとつです。1995年にニュージーランドで創業しました。
創業者のジェレミー・ムーンは、創業前年の1994年にひとりの牧羊家と知り合い、1枚のTシャツを手渡されました。そのTシャツは、彼が知っているウールとはまったくの別物でした。滑らかで素肌に着てもチクチクせず、一週間着続けてMTBに乗ったり、山を登ったりしても化繊のように臭うことがなく、それまで持っていたウールのイメージががらりと変わるすばらしいものでした。ジェレミーは、これはビジネスのチャンスだと直感しましたが、事は簡単ではありませんでした。
ジェレミーにTシャツを渡した牧羊家のブライアン・マッケンジーは、憤慨していました。当時の牧羊家は報われない環境にありました。ウールの流通経路は限られていて、その値段はオークションで決まっていました。どれだけ大切に羊を育て、どれだけ高品質のウールをつくっても、できたウールはブレンドされて二束三文で買われてしまうという状況にありました。
読者のみなさんもすでにお気づきのとおり、ブライアンがジェレミーに渡したのはメリノウールのTシャツでした。従来のウール製品に使われていた原毛が30~40ミクロン*以上であったのに対して、メリノウールの原毛はおよそ20ミクロン以下と極細です。それがいかに心地好いものであるかはみなさんもご存知のとおりですが、そのころのメリノウールの生産量はごくわずかで、メリノウール100%のTシャツは幻のような存在でした。
(*1ミクロンは1/1000ミリメートル)
その存在が知られていないなか、ジェレミーの驚きがどれほどのものであったか。当時の状況を考えれば、それはただのTシャツではなく、「高品質なウールを使えば、これだけのものがつくれる」という、牧羊家のプライドが具現化したものだったにちがいありません。
メリノウールの生産量が限られていることはブランド創業時の大きな壁でしたが、ジェレミーはオークションを通さずに、牧羊家と直接売買する契約を結んでこれを乗り越えました。アイスブレーカーが求める品質を提示し、事前に約束した金額で買い取ることで良質なメリノウールを確保したのです。
直接契約は、牧羊家にとっても大きなメリットがありました。オークションを通すそれまでのやり方では、豊作か貧作かによって値段が変わってしまっていましたが、複数年の契約を結ぶ事で安定した経営が可能になり、設備投資もできるようになりました。将来の計画が立てられれば、安心して次世代へと事業を引き継ぐことができます。牧羊は持続可能な仕事へと変わりました。
ジェレミーは、「僕たちは売っている生地を使うのではなく、牧場の人たちといっしょに糸をつくるところから始める」と話しています。大量生産大量消費の時代には埋もれていたメリノウールは、こうして市場に出回るようになりました。
創業当初は、ジェレミー自らがスーツケースに製品を詰め込んでニュージーランドの北島から南島まで営業していたそうです。2000年代からヨーロッパやアメリカに輸出するようになり、ヨーロッパでは2000年代後半、アメリカでも2010年くらいから認められて飛躍的に成長しました。直接契約を結ぶ牧場は5つから始まり、現在は100近くにもおよびます。
アイスブレーカーの歴史は、そのままアウドドアアパレル市場におけるウール復権の歴史と重なります。いまやなくてはならない選択肢のひとつであるウールは、こんな風にリバイバルを果たしました。
ここでウールの特徴や利点についておさらいしておきましょう。
ウールはさまざまな特徴を兼ね備えていますが、山で着るウェアとして古くから重宝されている利点が、保温性の高さです。縮れた毛が空気を含むことに加え、繊維の吸湿率が高く、多くの吸着熱を発生させます。
吸湿率の高さは、さらりとした着心地をもたらしてくれます。ウールの公定水分率(一定条件下における繊維の水分率)は16%もあり、これは一般に流通している繊維の中ではもっとも高い数値になります。ちなみに、ベースレイヤーによく使われるポリエステルの公定水分率は、わずか0.4%しかありません。
吸湿率が高いと、ウェア内の湿気を吸って、ムレ感を抑えてくれます。ウールが「冬は温かく、夏は涼しい」と言われる所以です。
吸湿するのはウール繊維の芯の部分で、表面はスケールとよばれるウロコのような外皮に覆われています。スケールには水を弾く性質があり、このため水を吸ったコットンのように濡れた感じはなく、ある程度まではドライな手触りが続きます。ウールが汗冷えしにくい理由です。
もうひとつのウールの利点は、汗をかいても臭いにくいことです。ウール繊維のなかには、汗のなかのアンモニア臭と酢酸臭(すっぱい臭い)に変わる成分と結びついて中和するような働きをする官能基があります。においの成分と官能基が結び付くと臭いを出すことはなく、しかも洗濯するとこれが流されてリセットされます。驚くべき天然素材の性質で、これを理由にベースレイヤーはウール一択というベテランも少なくありません。
それでは、アイスブレーカーがつくるウェアにはどんな特徴があるでしょうか。日本でアイスブレーカーを取り扱うゴールドウインの仲田政樹さんに話を聞きました。
「アイスブレーカーは、顔が見える生産者からファイバー(原毛)を調達しています。採用しているのは、ニュージーランドメリノカンパニーが高品質と認定している“ZQメリノ”で、原毛一本一本の繊維が細く長いため、撚り合わせて糸にしたときに、より滑らかで肌触りがよく、耐久性にも優れています」
最近は安価なメリノウール製品も出回っていますが、安価なものには理由があります。メリノウールは原毛の太さによってランク分けされていますが、繊維が細くなるほど高品質とされています。太く、短い原毛を使うと安価に製品がつくれますが、縒り合わせて糸にしたときに原毛の両端が糸の表面に露出しやすくなります。太くて硬いこの先端部分はチクチクとした肌触りにつながるうえに、短い毛は脱落しやすく、着用や洗濯を繰り返すことで生地が痩せてしまいやすいという弱点があります。あけすけに言えば、安ければ着心地が悪く、長持ちもしないということです。
「ユーザー目線の話をすれば、デザインやカラーのバリエーションが豊富に揃っていることもアイスブレーカーの特徴だと思います。たとえば女性のショーツは、Tバック、浅履き、中履き、深履きにすっぽり穿けるタイプの5型があり、それぞれに色も揃っています。メリノウールを使うブランドは増えてきましたが、形や色の選択肢がここまで揃っているブランドはあまりないと思います」
「アイスブレーカーは“ムーブ・トゥ・ナチュラル”というタグラインを掲げています。僕たちの仕事は、天然素材にもすごい糸があるということをユーザーに伝えていくことだと思っています。吸汗性や速乾性のような単一の機能を特化させるなら、化繊はとても優れています。それに対してウールがいいところは、保温性や吸湿性、着心地の良さ臭いにくさなどをバランスよく備えているところで、ゆえにミラクルファイバーとも呼ばれています。もしもまだウールのウェアを使ったことがないのであれば、ぜひ一度、ウールを着て汗をかいてほしいです。すばらしい出会いが、絶対にあると思いますから」。
(文=伊藤俊明 写真=岡野朋之、ゴールドウイン)
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